<戻る>

絵画クレジット名義借り集団被害事件

弁護士 北村 栄
弁護士 稲垣仁史

1 事件の内容
 名古屋において絵画販売店による大規模なクレジット名義借り被害事件が発生し、他の事務所の弁護士と弁護団を組んで、現在複数の信販会社との間で係争中です。
 事件の内容は次のようなものです。
 ある絵画販売店経営者のNという人物が、以前に絵画などを購入したことのある顧客のもとを絵画を持参して訪れ、
「当社にはバブル期に海外から安く仕入れた絵画がたくさんあり、この度、会社の15周年記念としてお世話になったお客様にこれらの絵画をプレゼントすることになりました。ただ、会社の内部手続き上ご購入いただいた形にしておかないといけないので形だけクレジットの申込み手続きをとらせていただきます。クレジットの代金は月々当社から振替指定の口座へ責任を持って振り込みますので、貴方様には1円も負担がかかりません。ご安心ください」などと言ってプレゼントだと思わせて顧客名義のクレジットを取り付けました。クレジットの商品代金は250万円などとされていたのですが「形だけのもの」と信じている顧客は全く意に介しませんでした。その後Nは、一定期間説明どおりに代金を振り込んでいたのですが、結局パンクしてしまい、名義を使われた人が信販会社から数百万円もの支払を請求されることになってしまいました。Nは、複数の信販会社のクレジットを利用して4〜5年に亘って次々と架空クレジットを作っており、判明しているだけでも東海三県の100名近い人が被害に遭っています。Nが学校出入りの業者であったため被害者のほとんどが学校の先生であるとともに、Nを信用して300万円を超すクレジットを何件も組まされている人も少なくありません。被害者は、顧客プレゼントとして(実際には全く価値もなく欲しくもない)絵を貰わされた上、「内部処理上必要だから」と騙されてクレジットの名義人になったばかりに、とんでもない金額の請求をされてしまっているのです。

2 パターン化した事件
 このような事件は、クレジットのシステムが出来て以来全国各地で度々発生しています。架空であれクレジットの申込書を信販会社に送り、名義人が意思確認の電話に「ハイ」と答えさえすれば、販売店は商品代金を一遍に手に入れられます。そこで、資金繰りに窮した販売店が顧客などの名義を様々な策を弄して拝借し、あたかも売買があったかのようなクレジット申込書を作って立替金を不正に取得するのです。販売店が月々のクレジット代金を返済しようとすることが多いのですが、もともと資金繰りに窮していた販売店が利息を含めて返していくのは所詮無理な話で、結局名義を使われた人にクレジットの請求が及んでいってしまいます。名義を使われた人はそもそも自分で払うつもりではなかったものですから、信販会社との間でクレジット代金の支払いを巡る紛争が生じるわけです。販売店は、先に作った名義借りのクレジット代金返済資金を捻出するために新たに別の人の名義を使って次から次へと他人名義の架空クレジットを作出していきます。このため、名義借り事件は多くの人を巻き込んだ集団被害事件となることが多く、今回の事件もまさにこのパターンです。

3 法律的な問題
 法律的には、顧客・販売店間の売買契約と顧客・信販会社間のクレジット契約とは一応別個の契約であり、一般的に、架空クレジットだと知った上で自分の名前を貸して販売店の不正契約に協力した人は、たとえ実体のない契約であっても外形どおりの責任を負わされたり、信販会社が被った損害の賠償責任を負わされたりすることがあります。判例上はそういう結論のものがむしろ多いくらいです。ただ、今回の事件の場合は、被害者には「名義を貸した」という意識はなく、上手に騙されて名義を悪用されたというものです。また、この種の事件は、信販会社自らが選定した販売店が、信販会社から任されたクレジット申込受付手続代行権限を悪用して起こす事件であることから、販売店の起こした不正の責任は信販会社が負うべきだということも多くの専門家から指摘されています。

 監督官庁である通産省は、昭和58年以来、信販業界に対して加盟店管理を徹底・強化して不正加盟店を排除するように何回も通達を発しています。しかし、加盟店管理にはコストや人手がかかるため、信販会社による加盟店管理はなかなか改善・徹底されていないのが実情です。今回の裁判でも、信販会社の杜撰な管理状況がいくつも明らかになってきています。

 ただ、従来から、このようなクレジット被害の実情になかなか理解を示さない裁判例も多く、裁判官の理解を取り付けることに苦労しています。消費者被害の実情をきちんと見据えた裁判の流れを作れるように、弁護団としてさらに努力したいと思います。