北東アジアの平和と弁護士   弁護士 藤井浩一
   
 
−当事務所は、2003年12月12日、創立35周年企画『北東アジアの平和秩序を考えるつどい〜今、戦争の惨禍を起こさないために日韓両市民は何ができるか〜』を開き、約300人の聴衆の前で韓国の崔鳳泰弁護士に講演と対談をしてもらいました。そこで明らかになった課題と展望は−


一 なぜ、韓国の弁護士を招いたか

 戦争は最大の人権侵害ですから、人権にかかわる弁護士事務所としては、平和の問題に無関心ではおられません。ところが、北東アジアにおいても急速に緊張が高まってきています。これには日本自身がその原因を作っているところがありますが、背後にアメリカ主導の企業グローバリゼーション(今はアメリカ帝国というそうですが)があることは確実です。これに対抗するには北東アジアの国の市民が協力して何かできないか、そもそも連帯できる条件は何か、その問題と今後を考えようとしたのが、『つどい』を開いた動機です。
 そこで、日本と同じようにグローバリゼーションの波をかぶっている隣の韓国から、われわれと同じ弁護士を招いて話を聞いて見ようということになりました。民主化のために活躍している崔鳳泰(チェボンテ)弁護士を北法律事務所の長谷川一裕弁護士に紹介してもらい、九月にソウルで行われた「日帝強制動員被害者問題の解決を模索するための韓・米・日ワークショップ」に参加して直接に依頼しました。崔弁護士は釜山で起こしている三菱重工業徴用工の戦後補償訴訟の弁護団長であって、このワークショップでも中心的な役割を果たしておりました。

二 韓国の市民と連帯するためる二つの条件
 崔弁護士は講演で、日本と韓国が協力できるようになるには二つの条件が必要であると話しました。
 第一は、日本の植民地支配に対する認識が一致していること、つまり、日韓併合条約(1910年)は日本の軍隊に包囲されてやむなく締結された不法・無効なものであることを認めることです。第二は、日本が、第二次大戦の強制連行の被害者に対して法的な謝罪と補償をすることでした。
 しかし、今の日本で、この二つの条件を満たすことは容易ではありません。前者については、日本には日韓併合条約は韓国も望んだのだと発言する政治家がおり、植民地政策を礼賛する大臣があとを絶たないからです。
 後者についても、国(政府)も企業も、戦後補償の問題は日韓請求権協定で解決ずみとの立場を変えていません。その他にも除斥期間(時効)、国家無答責などを主張しており、国の全部の反論(抗弁)を全部否定して被害者らの請求を認めた裁判例はほとんどありません。したがって、第二の条件を満たすのも容易ではないのです。
 しかし、第二次大戦の戦後補償を解決した各国の例を見ても、強制労働等に対して大統領や首相が公式な場において謝罪をし、補償をしています。これによって、被害者たちはようやく名誉が回復され、人間の尊厳が回復されたと口々に述べています。ドイツでは公式の謝罪と補償をすれば二度と戦争をしない道義ある国と評価され信頼されると政府自身が認めています。ところが、この世界の潮流に反し、日本だけがかたくなに補償と公式な謝罪を拒んでいると評価されていて、隣国にも信頼されていない結果になっています。

三 連帯のための展望

 第二部の対談では、「韓国・日本−過去・現在・未来」の題で崔弁護士と当事務所の加藤洪太郎弁護士が田原裕之弁護士のコーディネイトのもとで話し合いました。それぞれ経験に基づく興味深い対談でしたが、私は崔弁護士のアメリカに対して日韓で原爆被害者訴訟を共同提起する提案に関心を持ちました。確かにアメリカ合衆国は大戦中の日系米人の隔離に対して公式の謝罪と補償をしていますが、大量破壊兵器による被害者に対して公式の謝罪はもちろん補償もしていません。「かれら(戦争被害者)の人権を守る過程の中で、北東アジアにおける新たな共同体という建物の基礎と柱が作られる」(崔弁護士)。ここに弁護士を含む市民の連帯への展望があるように思いました。

 

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