■ 名張毒ぶどう酒事件再審開始決定報告  弁護士  夏目 武志
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  再審開始決定!
皆さんは名張毒ぶどう酒事件という事件をご存じでしょうか。
名張毒ぶどう酒事件は、一九六一年(昭和三六年)三月二八日に、三重県名張市葛尾の公民館で、懇親会に出されたぶどう酒を飲んだ女性たちが次々と倒れ、五人の方が亡くなり、一二人の方が重軽傷を負ったという大変な事件です。
容疑者とされた奥西勝さんは、一審から一貫して無罪を叫び続け、第一審の津地方裁判所では無罪とされましたが、二審の名古屋高等裁判所は判断を誤り、逆転の死刑判決が下されました。
死刑判決確定後も、奥西さんは名古屋拘置所の中から一貫して無実を訴え続け、今日に至るまで裁判のやり直し(再審)を求め続けてきました。
そして、去る二〇〇五年四月五日、名古屋高等裁判所刑事第一部で奥西さんの無実が実質的に認められ、再審開始(裁判をやり直すこと)決定が出されたのです。事件が発生してから実に四四年後、死刑判決確定からは三三年後の無罪の判断でした。事件当時三五歳であった奥西さんは、すでに七九歳になってしまっていました。

  奥西さんは本当に犯人じゃないの?
こうした無罪判決のニュースを耳にすると「本当に無実に間違いないのか?」ということが気になるのではないかと思います。
私は、名張事件の弁護団員として三年あまりこの事件の弁護に関わってきましたが、奥西さんは本当に犯人ではなく、無実ですので、その根拠のうち、特に重要なものを三つほどご紹介させていただきます。
まず一つ目は、事件に用いられた毒物が、奥西さんの持っていた「ニッカリンT」という農薬ではなかった疑いが濃厚であることが、化学的な鑑定で明らかになった、ということです。これは、奥西さんが犯人でないことを示す直接の証明とさえいえるほどの重要な事実です。このことは、弁護団が農薬の成分について大学教授に最先端の化学的な鑑定を依頼して、ようやく証明することができました。
二つ目は、奥西さんの有罪の唯一の物証とされていた歯痕鑑定が誤ったものであることが証明されたことです。
三つ目は、以上に加え、奥西さんだけにしか犯行の機会がない、という死刑判決の事実認定が誤っていたことが明らかにされたということです。死刑判決は、犯行機会の観点から奥西さん以外に犯人は考えられない、という消去法で奥西さんを有罪と認定しましたが、今回の名古屋高裁決定で奥西さん以外の人物にも犯行の機会があったことが明らかにされ、死刑判決のような事実認定の方法が誤っていることが明らかとされました。

   真犯人はいずこに?

「奥西さんが無実であることは分かったが、じゃあ真犯人は誰なのか?」
次にこんな疑問が湧き起こってくるのではないでしょうか。
しかし、残念ながら真犯人は分からずじまい、というのが結論です。名張毒ぶどう酒事件のように、警察の初動捜査にミスがあり、誤って無実の人を捜査のターゲットにしてしまうと、事件の真相は迷宮入りしてしまうのです。

   引き続きご支援を!
今回、死刑判決確定から三三年後にしてようやく再審開始決定が出されたわけですが、奥西さんの失われた時間は戻ってきません。誤った死刑判決によって人一人の大切な命が奪われそうになっていたというのは、本当に恐ろしいことです。
ところで、再審開始決定が出たにも関わらず、実は奥西さんは今だに釈放されておらず、現在も名古屋拘置所で自由を奪われた状態が続いています。それは、検察官が再審開始決定に対して異議申立を行い、裁判の決着が先延ばしされたからです。
私の机の中には、私が弁護団に加入した直後に奥西さんからいただいた自筆の手紙があります。そこには「思ってもいない嬉しい吉報、弁護団に参加して頂ける事をお告げ、本当にありがとうございました。手弁当で何かと大変なお世話をおかけすると思いますが、えん罪を晴らしてください。若いお力をかして下さい。お願い申し上げます。」という奥西さんの悲痛な訴えが書かれています。私はいつもこの奥西さんの言葉を噛みしめながら、弁護団活動に気合い
を入れて取り組むようにしてきました。
一日も早く奥西さんの自由を取り戻すために、今後も全力で弁護活動に取り組んでいきたいと考えています。


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