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 戸外で体を動かすのは、とても楽しいものだ。樹相の豊かな山へ分け入り、気の向くまま彷徨する愉しみは、格別のもの。木や草花に目をやり、虫の羽音、鳥の囀り、枝葉を揺らす風のざわめきに耳を傾け、馨しい香りを味わう。草むらに寝そべり、広く深い虚空に身を投げだす。流れる雲を眺めるうちに、ふとうたたねに陥るのもよい。胸をふくらませて、森の霊気を体内に満たそう。感覚を集中させると、そこにある全てが生きいきと躍動するのが伝わってくる。輝くいのちに触れ、そこへ溶け込んで一つになるとき、心は解き放たれ、自在に羽ばたく。かけがえのない、至福のひとときだ。
 大空襲を避けて、ある片田舎で数年間暮らしたことがある。清流に戯れ、魚をつかまえ、蝶やトンボを追いかけた。好奇心を満たす遊びはあり余る程あり、日暮れまで家へ帰ることはなかった。水汲み、たきぎ採り、乳しぼり、田畑での手伝いなど、子どもも家族の一員として、こまめに働いた。充実した日々の懐かしい思い出。
 戦後の発展は、永く続いてきた生産と生活を、驚くほど短期間に一変させた。人は自然から遠のいただけではなく、目先の利益に惑わされ、乱暴に傷つけるようにさえなった。失ったものは、決して少なくはない。だが、残されたものの大きさと豊かさを肌身に感ずることはできる。
 何時でも行ける身近な場所を探して、これからも出かけよう。おにぎりと果物、それにカメラを携えて。
                   (1999年新年号  弁護士 原山剛三)